鎌倉時代の人物一覧|全4ページ
元寇後の不満が広がり、幕府が滅びるまで
名前を覚えるためではなく、誰が何を動かし、誰と協力・対立したのかを時期ごとにたどる人物案内です。

人物相関から、この時期をつかむ
中心人物を囲む立場と関係、その関係が政治や社会に与えた変化を確認します。
得宗家と側近が政治を動かすなか、御家人の困窮と倒幕運動が広がった。
弘安徳政を進めたが、霜月騒動で平頼綱に滅ぼされた。
霜月騒動後に権力を握り、得宗専制を進めた。
隠岐脱出後、反幕府勢力を結びつけた。
赤坂・千早城で抵抗し、倒幕運動を軍事面から支えた。
六波羅探題を攻略し、幕府の西国支配を崩した。
関東の武士を集め、1333年に鎌倉を攻略した。
元寇後の負担、所領の細分化、借金によって生活が苦しくなった。
- 幕府内部では、御家人救済をめざす勢力と得宗側近が衝突した。
- 後醍醐天皇の倒幕運動は、幕府に不満を持つ武士と結びついて広がった。
- 尊氏の離反と義貞の鎌倉攻めが同時に進み、幕府は支配の拠点を失った。
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得宗専制と幕府滅亡に関わった人々
概要、見るポイント、関連記事、個別人物記事を一つのカードに整理します。
安達 泰盛
元寇後の御家人救済と幕政改革をめざした
弘安徳政を進めましたが、平頼綱との対立から1285年の霜月騒動で一族とともに滅ぼされました。
平 頼綱
得宗家の側近として幕府政治を動かした
北条貞時を支え、霜月騒動で安達泰盛を倒して権力を強めましたが、のちに平禅門の乱で滅ぼされました。
北条 高時
鎌倉幕府末期の得宗家を率いた
執権を退いた後も得宗として幕府中枢にいましたが、倒幕勢力が広がるなかで鎌倉陥落を迎えました。
後醍醐 天皇
天皇中心の政治をめざし、幕府打倒を進めた
二度の倒幕計画を経て隠岐へ流されましたが、脱出後に各地の武士へ呼びかけ、幕府滅亡へつなげました。
楠木 正成
河内を拠点に幕府軍を引きつけた
赤坂城・千早城で幕府軍に抵抗し、後醍醐天皇の倒幕運動を軍事面から支えました。
足利 尊氏
幕府から離反し、六波羅探題を攻めた
幕府軍として西国へ向かった後に倒幕側へ転じ、京都の六波羅探題を攻略して幕府の支配を崩しました。
新田 義貞
鎌倉を攻め、幕府を滅亡させた
上野で挙兵し、関東の武士を集めながら鎌倉へ進軍しました。1333年、鎌倉を攻略して幕府を滅ぼします。
人物ごとの役割と時代への影響
それぞれの立場と、時代に与えた変化を横並びで整理します。
| 人物 | 立場 | 時代への影響 |
|---|---|---|
| 安達 泰盛 | 御家人・幕府中枢 | 元寇後の御家人救済と幕政改革をめざした |
| 平 頼綱 | 得宗被官・内管領 | 得宗家の側近として幕府政治を動かした |
| 北条 高時 | 14代執権・得宗 | 鎌倉幕府末期の得宗家を率いた |
| 後醍醐 天皇 | 天皇・倒幕運動 | 天皇中心の政治をめざし、幕府打倒を進めた |
| 楠木 正成 | 武将・倒幕側 | 河内を拠点に幕府軍を引きつけた |
| 足利 尊氏 | 有力御家人・倒幕側 | 幕府から離反し、六波羅探題を攻めた |
| 新田 義貞 | 御家人・倒幕側 | 鎌倉を攻め、幕府を滅亡させた |

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