明治時代– tag –
-
人物
乃木希典の殉死とは?明治天皇崩御と明治神宮造営の時代
1912年9月13日。明治天皇の大喪の日。 一人の軍人が、妻とともに、自ら命を絶ちました。 乃木希典の殉死です。 この出来事は、多くの国民に衝撃を与え、明治という時代の終わりを、強く印象づけました。 乃木希典とはどんな人物か 乃木希典は、日露戦争で... -
人物
北里柴三郎とは?「近代日本医学の父」が伝染病研究所で成し遂げたこと
2024年(令和6年)に発行された新千円札。その肖像に選ばれたのは、一人の細菌学者でした。 北里柴三郎「近代日本医学の父」とも呼ばれる人物です。 なぜ、政治家でも軍人でもない一人の研究者が、これほど高く評価されているのでしょうか。 プロフィール... -
人物
津田梅子とは?6歳で渡米した女子留学生が、日本の女子教育を変えるまで
1871年(明治4年)。わずか6歳の少女が、太平洋を渡りました。 津田梅子のちに、日本の女子教育を大きく変える人物です。 2024年(令和6年)、新5千円札の肖像に選ばれたことで、その名を知った人も多いのではないでしょうか。 梅子は、なぜ幼くして海を渡... -
ジャパレキ自由帳
教育勅語と修身が描いた「よい日本人」とは?男女の務めと国民の務め|『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第2章の題名は「理想の日本人」です。この章が描く「よい日本人」は、親を大切にし、学問に励み、誠実に働き、周囲と助け合う人でした。しかし、それだけではありません。皇室を敬い、国法を守り、国家の危機には公のため... -
ジャパレキ自由帳
修身教育はどのように作られた?教育勅語と国定教科書の成立|『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』第1章
修身教育は、教育勅語が出された明治23年(1890年)に突然始まったものではありません。学校教育の制度づくり、徳育をめぐる議論、教育勅語の成立、検定教科書の普及と教科書疑獄事件、国定教科書への移行が段階的に重なって形づくられました。 北影雄幸『... -
思想・価値観
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』徹底解説|道徳教育はどう戦時化したのか
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』は、明治から昭和戦前期に使われた修身教科書の文章を、北影雄幸氏が10のテーマに分けて紹介・解説した本です。 この本の価値は、当時の子どもがどのような言葉で「よい生き方」を教えられたのかを、教科書の文章から追え... -
参考図書紹介
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』とは?戦前の道徳教育を知る一冊
『修身 尋常小学校教科書に学ぶ』は、明治から昭和戦前期の修身教科書を、現代の読者がたどるための本です。 この本の魅力は、当時の教科書の言葉に触れながら、修身教育が時代とともに変わった様子を読み比べられることです。ただし、教科書から採られた... -
出来事
台湾征討(乙未戦争)とは?日本統治の始まりと台湾側の抵抗
台湾征討(乙未戦争)は、1895年の日清講和条約で清から日本へ割譲された台湾を、日本軍が武力で占領していった戦争です。 日本側では近衛師団長・北白川宮能久親王の困難な行軍と現地での死が、献身の物語として伝えられました。一方、台湾側から見れば、... -
出来事
教科書疑獄事件とは?汚職から生まれた国定教科書制度の始まり
教科書疑獄事件は、1902年に発覚した教科書採択をめぐる贈収賄事件です。この事件は、民間が作り国が審査する検定教科書から、国が直接編集する国定教科書へ移る直接の契機になりました。 ただし、国定化は事件だけで突然決まったのではありません。以前か... -
人物
広瀬武夫と橘周太とは?日本最初期の「軍神」が生まれた理由
広瀬武夫と橘周太は、日露戦争の別々の戦場で命を落とし、死後に海軍と陸軍を代表する「軍神」として知られた人物です。 広瀬は沈みゆく閉塞船で行方不明の部下を捜し、橘は首山堡の戦闘で重傷を負いながら部下を励ましたと記録されています。ただし、確認...
