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教育勅語の光と影|成立理念と学校での運用を分けて考える

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教育勅語には、家族、友人、学問、仕事、公益を大切にする教えがある一方、それらを天皇への忠誠と国家への奉仕へ結びつける構造があります。成立時の理念と、学校で儀礼化・絶対化された後世の運用の両面から考える必要があります。

目次

教育勅語を歴史から考える|全10回シリーズ

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全10回の目次から選ぶ
  1. 概要教育勅語とは?学校が天皇と国民を結びつけた仕組み
  2. 第2回教育勅語はなぜ作られた?明治日本が求めた道徳教育
  3. 第3回教育勅語はどのように作られた?起草から発布までの流れ
  4. 第4回井上毅とは?教育勅語の起草に込めた思想
  5. 第5回元田永孚とは?明治天皇の教育思想を支えた儒学者
  6. 第6回教育勅語には何が書かれている?十二の徳目をわかりやすく解説
  7. 第7回教育勅語はなぜ失効した?戦前の運用と1948年の国会決議
  8. 第8回教育勅語は命令ではなかった?起草時の配慮と学校教育での位置づけ
  9. 第9回教育勅語は儒教道徳だったのか?井上毅と元田永孚の思想
  10. 第10回教育勅語の光と影|成立理念と学校での運用を分けて考える

教育勅語を単純に肯定・否定できない理由

教育勅語をめぐる議論では、「親孝行や思いやりを教えたよい文書」という評価と、「軍国主義を支えた危険な文書」という評価が対立しがちです。

どちらも歴史の一面を見ています。しかし、個々の徳目だけを切り取れば国家観が見えず、戦時期の運用だけを見れば起草時の議論や非命令性への配慮が見えません。

光|身近な関係から公共へ徳を広げた

教育勅語は、父母、兄弟姉妹、夫婦、友人という身近な関係から教えを始めます。さらに、謙虚さ、博愛、学問、仕事、公益、遵法へと範囲を広げます。

自分だけの利益ではなく、周囲の人や社会を支える人間になろうとする教えは、現代にも理解できる部分です。知識だけでなく、学んだ力を何のために使うかを問う点にも意味があります。

影|徳目が天皇と国家への忠誠へ集約された

一方、教育勅語の徳目は独立した個人倫理ではありません。皇祖皇宗が始めた国と、忠孝を尽くしてきた臣民の歴史を根拠とし、最後には皇運を支えるよう求めます。

家族を大切にする心から国家への忠誠までを一つの道として示したため、国家の求めに従うことが道徳的に正しいと教えやすい構造を持っていました。

ひこまる

よい徳目があるなら、その部分だけ今も使えないの?

やたまる

徳目を考えることはできるのじゃ。ただし、元の文書で国家観とどう結ばれていたかを隠してはいけないのじゃよ。

起草者は政治的な命令を避けようとした

井上毅は、教育勅語を法律や行政命令のような文書にしないよう配慮しました。宗教や哲学の争いを避け、時代を越えて共有できる基本的な徳目に絞ろうとします。

この点は、教育勅語が最初から国民を罰則で従わせる命令として作られたわけではないことを示します。同時に、天皇の言葉という形式そのものが強い道徳的権威を生む可能性もありました。

学校で儀礼化され、絶対的な権威を持った

発布後、教育勅語は全国の学校へ配られ、御真影とともに大切に扱われました。式典での奉読、暗唱、修身教育を通じて、児童生徒が内容を自由に検討する文書ではなく、敬い従うべき教えになります。

成立時に法的強制を避けたことと、学校現場で実質的な強制力を持ったことは両立します。意図と結果のずれが、教育勅語の歴史を考える核心です。

戦時教育と結びついた

戦時体制が強まると、非常時に公へ尽くし皇運を支える部分が、国家への自己犠牲と結びつけて強調されました。家族や友情の徳目も、忠良な臣民を育てる道徳体系の一部として教えられます。

教育勅語だけが戦争を引き起こしたわけではありません。しかし、国家の方針に従うことを道徳化し、戦時教育を支える一つの基盤になったことは無視できません。

戦後に排除されたのはなぜか

敗戦後、日本は国民主権、基本的人権、平和主義を基礎とする国家へ転換しました。主権在君と神話的国体観に基づく教育勅語は、新しい憲法と教育基本法の教育原理とは両立しません。

1948年、衆議院は教育勅語等の排除を、参議院は失効確認を決議しました。これは家族愛や友情を否定したのではなく、それらを天皇主権の国家秩序へ結びつける文書を教育原理から外す判断でした。

ひこまる

教育勅語から何かを学ぶこと自体がいけないの?

やたまる

歴史資料として学ぶことは大切じゃ。よい言葉だけでなく、権威や運用が人をどう動かしたかまで考えるのじゃよ。

現代にそのまま復活させることはできない

親や友人を大切にすること、学び働くこと、公共へ貢献することは、現代社会でも考える価値があります。しかし、その価値を教えるために、天皇主権を前提とした教育勅語を教育の根本へ戻す必要はありません。

現代の道徳は、個人の尊厳、自由、平等、国民主権を土台にして考える必要があります。過去の徳目を学ぶなら、現代の原理と何が同じで何が違うかを明らかにすることが大切です。

ひこまる

ここまでの話で、出来事の背景と後の影響を分けて見ることが大切だと分かったよ。

やたまる

歴史は一つの言葉だけで決めつけず、いつ、誰が、どのように考え使ったのかを確かめるのじゃ。

教育勅語を歴史として考える

教育勅語の光は、身近な人間関係から公共へ徳を広げ、学んだ力を社会に役立てるよう求めた点です。影は、それらを天皇と国家への忠誠へ結びつけ、学校儀礼と戦時教育のなかで絶対的な権威を持った点です。

教育勅語の基本情報は教育勅語とは?学校が天皇と国民を結びつけた仕組みで確認できます。

参考資料・参考図書

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  2. 第2回教育勅語はなぜ作られた?明治日本が求めた道徳教育
  3. 第3回教育勅語はどのように作られた?起草から発布までの流れ
  4. 第4回井上毅とは?教育勅語の起草に込めた思想
  5. 第5回元田永孚とは?明治天皇の教育思想を支えた儒学者
  6. 第6回教育勅語には何が書かれている?十二の徳目をわかりやすく解説
  7. 第7回教育勅語はなぜ失効した?戦前の運用と1948年の国会決議
  8. 第8回教育勅語は命令ではなかった?起草時の配慮と学校教育での位置づけ
  9. 第9回教育勅語は儒教道徳だったのか?井上毅と元田永孚の思想
  10. 第10回教育勅語の光と影|成立理念と学校での運用を分けて考える
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