江戸時代の人物一覧|第4期
海防・開国・政権移行に向き合った人々
飢饉と改革、外国船への対応、朝廷と諸藩を巻き込む政争の中で、人々が異なる将来像を選んだ時期です。
同じ危機を前に、幕府を立て直す道、学んで備える道、政権を変える道はなぜ分かれたのでしょうか。
海防・開国・政権移行に向き合った人々
天保期の社会不安、蘭学者への弾圧、黒船来航、幕末政局、大政奉還、戊辰戦争を人物の選択から見ます。
大坂町奉行所の元与力として、飢饉への対応を批判し、救民を掲げて蜂起しました。
幕府の役人だった人物がなぜ武力行動へ進んだのかを、飢饉・米価高騰・行政への失望から考えます。
天保の改革を主導し、物価・風紀・人口移動・土地支配を強く統制しようとしました。
危機に対して統制を強める方法を選び、なぜ実態に合わず短期間で挫折したのかを見ます。
海外情勢を研究し、外国船への強硬策を批判しました。蛮社の獄で処罰されます。
藩政を担う武士であり画家でもあった人物が、海防の現実をどう捉えたのかを見ます。
西洋医学と海外情勢を学び、モリソン号砲撃を批判したことで蛮社の獄により処罰されました。
外国を知るための学問が、幕府の政策批判と結びついたときに生じた緊張を見ます。
大坂に適塾を開き、医学とオランダ語を教えました。種痘の普及にも取り組みました。
危機の時代に、人材を育て、知識を社会へ広げることを選んだ実践に注目します。
海外へ渡ろうとして失敗した後、松下村塾で学び合う場をつくり、長州の若者へ影響を与えました。
失敗を学びと教育へ変えた一方、尊王攘夷思想と行動が持った緊張も含めて見ます。
勅許を得ないまま通商条約に調印し、反対派を安政の大獄で処罰しました。桜田門外の変で暗殺されます。
対外危機の中で決断を急いだ事情と、反対意見を抑えた政治手法を分けて評価します。
若くして将軍となり、和宮との婚姻による公武合体や長州征討の時代を担いました。
幕府と朝廷を結ぶ象徴を求めた政治と、各地を従わせる軍事力が弱まる過程を見ます。
公武合体政策のもと京都から江戸へ下り、家茂と結婚しました。幕府崩壊時には徳川家存続のために働きかけます。
政策名の背後で、一人の皇女が朝廷と幕府の関係を背負わされたことを見落とさないようにします。
幕政改革を進め、大政奉還によって政権を朝廷へ返しました。その後は新政府へ恭順しました。
大政奉還を単なる降伏とせず、徳川家の政治的影響力を残そうとした構想と、その後の戦局を分けて見ます。
薩摩藩と長州藩を結ぶ交渉に関わり、政権返上後の政治構想も示しました。
後世の英雄像と確認できる活動を区別しながら、藩の枠を越えて人を結んだ役割を見ます。
海軍人材の育成に関わり、戊辰戦争では西郷隆盛との交渉を通じて江戸総攻撃の回避に努めました。
幕府に仕えながら、徳川家だけでなく都市住民と国全体の被害を抑える道を選んだ点を見ます。
薩摩藩の指導者として倒幕と戊辰戦争に関わり、勝海舟との交渉で江戸総攻撃を中止しました。
倒幕側の軍事指導者でありながら交渉による衝突回避も選んだこと、その後は新政府と道を分けたことをつなげて見ます。
幕末の人物は、開国派と攘夷派、幕府側と倒幕側の二つだけには分けられません。同じ人物でも状況に応じて考えや手段を変え、敵対する相手とも交渉しました。結果を知る私たちが、最初から明治維新へ一直線だったように描かないことが大切です。

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