明治時代– tag –
-
思想・価値観
幕末・明治時代、武士はどのように消えたのか?――士族の解体と『武士道』の再発見
幕藩体制の解体、士族という新しい身分の成立、秩禄処分・廃刀令による特権喪失という、制度としての武士の消滅過程を史料と研究にもとづいて整理します。武士がいなくなったあとに『武士道』が語られ始めたという時間的な順序にも注目します。 -
思想・価値観
戦前の日本で武士道はどう使われたのか?――教育勅語・軍人勅諭と『武士道』の距離
国民道徳の基準を示した教育勅語(1890年)、軍人精神の基本とされた軍人勅諭(1882年)には、実は「武士道」という語は使われていません。武士道が国家思想と結びつくのは、井上哲次郎らがそれを国民道徳論の言葉として再構成していった、もう少しあとの時代のことでした。「武士道=軍国主義」と単純に言い切れない理由を史料から整理します。 -
思想・価値観
武士道とは何か――仏教・神道・儒教から生まれた行動原理
「武士道」という言葉を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、忠義・名誉・切腹といった断片的なイメージかもしれません。では、武士道とは結局何なのでしょうか。今回は、当シリーズの中心資料である新渡戸稲造 著、遠越段 訳・解説『"日本人"として私た... -
思想・価値観
新渡戸稲造『武士道』とは?――なぜ英語で書かれ、何を伝えようとしたのか
新渡戸稲造の『武士道』はどんな本なのか。書かれた背景や込められた徳目を、英語原典と国内外の研究資料から整理し、現代にどう生かせるかを考えます。 -
思想・価値観
武士道と神道・仏教・儒教の関係|三つの思想はどう武士の価値観を形づくったのか
武士道は、神道・仏教・儒教という3つの思想が混ざり合ってできた――そう説明されることがよくあります。しかし、この記事で調べていくと、それはやや単純化しすぎた説明であることが見えてきます。武士道は、神道・仏教・儒教を足し合わせて成立した一つの... -
出来事
大日本帝国憲法とは?日本初の憲法が生まれた理由|国の「かたち」を言葉にした瞬間
明治時代、日本は急速に近代化を進めていました。制度を整え、軍をつくり、産業を育てる。 しかし、ひとつだけ足りないものがありました。「この国は、どんな仕組みで動いているのか」それを明確に示すルールです。 その答えとして生まれたのが、大日本帝... -
人物
伊藤博文とは?憲法をつくった政治家|「制度で国を動かそうとした男」
**伊藤博文**は、日本で初めて「憲法」という形で国の仕組みを言葉にした政治家です。 倒幕や戦争で時代を動かした人物が多い明治において、伊藤博文は、制度と法律で国を安定させようとした存在でした。 彼がいなければ、近代日本は「形のない国家」のま... -
人物
大久保利通とは?幼少期から暗殺まで|西郷との友情と決裂、近代国家を築いた47年
大久保利通(1830–1878)。画像:国立国会図書館所蔵資料(Wikimedia Commons、Public Domain) 大久保利通をなくす側へ回った政治家です。 廃藩置県として産業と地方行政の整備を進めました。現在まで続く日本の国の形は、この時代に輪郭を現します。その... -
人物
西郷隆盛とは?維新を動かしたカリスマ|「勝者にならなかった英雄」
**西郷隆盛**は、明治維新を語るうえで欠かすことのできない人物です。 倒幕を成し遂げ、新しい国の土台づくりに関わりながら、最後は新政府と対立し、歴史の表舞台から姿を消しました。 それでも西郷隆盛は、今なお「理想を貫いた人物」として多くの人に... -
出来事
富国強兵とは?国の進み方が決まった瞬間|「急がなければならなかった」理由
富国強兵とは?国の進み方が決まった瞬間|「急がなければならなかった」理由 明治時代、日本は急いでいました。世界の列強に囲まれ、少しでも判断を誤れば、国の未来が揺らぐ――そんな緊張感の中にあったからです。 その中で掲げられた合言葉が、**富国強...
