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戊辰戦争とは?なぜ日本は内戦を避けられなかったのか

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戊辰戦争ぼしんせんそうとは、1868年から1869年にかけて、新政府軍と旧幕府側の勢力が戦った内戦です。鳥羽とば伏見ふしみの戦いから始まり、江戸、東北、箱館へと戦場が広がりました。

この戦争によって、江戸幕府の政治的な復活は難しくなり、明治新政府が全国を掌握していきます。ただし、単に「新しい政府が古い幕府を倒した戦争」と見るだけでは、地域ごとの事情や旧幕府側の論理が見えにくくなります。

目次

この記事でわかること

  • 戊辰戦争ぼしんせんそうとは何か
  • なぜ戦争になったのか
  • 鳥羽・伏見、江戸、東北、箱館の流れ
  • 新政府側と旧幕府側の見方
  • 戊辰戦争ぼしんせんそうが明治新政府に与えた意味

戊辰戦争ぼしんせんそうとは

戊辰戦争ぼしんせんそうは、大政奉還王政復古おうせいふっこ大号令だいごうれいのあとに起きた内戦です。新政府側は、朝廷の名のもとに旧幕府側を討つ立場を取りました。旧幕府側には、徳川家への処遇や新政府の進め方に反発する人々がいました。

項目内容
期間1868年から1869年。
主な勢力新政府軍と旧幕府側の勢力。
主な戦場鳥羽・伏見、江戸、会津、東北、箱館など。
結果新政府軍が勝利し、明治新政府の全国支配が固まった。
意味江戸時代の政治秩序から明治新政府の政治秩序へ移る過程になった。

なぜ戦争になったのか

戊辰戦争ぼしんせんそうの原因は一つではありません。大政奉還で政権は朝廷へ返されましたが、徳川家の立場や新政府の形はまだ決まっていませんでした。その後、王政復古おうせいふっこ大号令だいごうれいと小御所会議によって、徳川慶喜とくがわよしのぶの政治的影響力を大きく制限する方向が示されます。

旧幕府側には、この進め方に不満を持つ勢力がありました。一方、新政府側にも、徳川家が新体制の中で大きな力を残すことへの警戒がありました。この相互不信が、鳥羽とば伏見ふしみの戦いへつながります。

立場主な見方
新政府側徳川家中心の政治を終わらせ、新政府の正統性を固める必要があった。
旧幕府側徳川家への処遇や新政府側の進め方に納得できない勢力があった。
地域の藩中央の政変に巻き込まれ、どちらにつくかの判断を迫られた。

戊辰戦争ぼしんせんそうの流れ

時期出来事意味
1868年1月鳥羽とば伏見ふしみの戦い。新政府軍が勝利し、旧幕府側は不利になった。
1868年春江戸城の無血開城。江戸での大規模戦闘は避けられた。
1868年東北戦争とうほくせんそう会津戦争あいづせんそう奥羽越おううえつ列藩同盟れっぱんどうめいなど、東北の抵抗が続いた。
1868年から1869年箱館はこだて戦争。榎本武揚ら旧幕府勢力が箱館で抵抗した。
1869年箱館はこだて戦争終結。戊辰戦争ぼしんせんそうが終わり、新政府の支配が固まった。

鳥羽とば伏見ふしみの戦い

戊辰戦争ぼしんせんそうの始まりは、1868年1月の鳥羽とば伏見ふしみの戦いです。新政府軍は「官軍」としての立場を得て、旧幕府軍と戦いました。この戦いで新政府軍が勝利したことにより、旧幕府側は政治的にも軍事的にも不利になります。

江戸城の無血開城

新政府軍が東へ進む中、江戸では大規模な市街戦が避けられました。西郷隆盛さいごうたかもりと勝海舟の交渉によって、江戸城は無血開城されます。

これは、江戸の町を戦火から守った重要な出来事です。ただし、江戸が平穏に済んだからといって、戊辰戦争ぼしんせんそう全体がすぐ終わったわけではありません。

東北と会津あいづの戦い

戦いは東北へ広がりました。会津藩は、京都守護職として幕府を支えた経緯があり、新政府側から厳しい立場に置かれました。東北諸藩は奥羽越おううえつ列藩同盟れっぱんどうめいを結び、新政府軍に抵抗します。

この地域の戦いでは、藩の立場、地域の事情、中央政治への不信が重なりました。戊辰戦争ぼしんせんそうを理解するには、中央の政変だけでなく、地域がどのように巻き込まれたかも見る必要があります。

箱館はこだて戦争と終結

戊辰戦争ぼしんせんそうの最後の舞台は箱館でした。榎本武揚ら旧幕府海軍の勢力は蝦夷地へ渡り、五稜郭を拠点に抵抗します。

1869年、箱館はこだて戦争で新政府軍が勝利し、戊辰戦争ぼしんせんそうは終結しました。これによって、新政府の全国支配は大きく固まりました。

戊辰戦争ぼしんせんそうの意味

戊辰戦争ぼしんせんそうは、江戸幕府と明治新政府のどちらが政治の正統性を持つのかを決める内戦でした。新政府にとっては全国を掌握する過程であり、旧幕府側にとっては徳川家や旧秩序をどう守るかをめぐる戦いでした。

戦争後、明治新政府は中央集権化を進め、やがて廃藩置県によって藩を廃止します。戊辰戦争ぼしんせんそうは、江戸時代の仕組みが解体され、明治維新が現実の政治制度へ移っていく重要な段階でした。

まとめ

戊辰戦争ぼしんせんそうとは、新政府軍と旧幕府側が戦った内戦です。鳥羽とば伏見ふしみの戦いから始まり、江戸、東北、箱館へと広がり、最終的に新政府軍が勝利しました。

この戦争は、単なる新旧の対立ではありません。徳川家の処遇、新政府の正統性、地域の事情が重なった結果でした。戊辰戦争ぼしんせんそうを見ると、江戸時代から明治時代への移行が、制度の変更だけでなく、多くの人々を巻き込む内戦でもあったことがわかります。

参考資料

  • 国史大辞典「戊辰戦争ぼしんせんそう」「鳥羽とば伏見ふしみの戦い」「箱館はこだて戦争」
  • 日本大百科全書「戊辰戦争ぼしんせんそう」「会津あいづ戦争」「箱館はこだて戦争」
  • 『テーマ別だから政治も文化もつかめる江戸時代』

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