教育勅語には、孝行、友愛、夫婦の和、朋友の信など、儒教と深く関わる徳目が含まれています。しかし、儒教の教典をそのまま要約した文書ではありません。儒教的な家族道徳を、天皇を中心とする明治国家の国民道徳へ組み直した文書です。
教育勅語を歴史から考える|全10回シリーズ
儒教道徳だけでは説明できない
教育勅語を読むと、父母への孝行、兄弟姉妹の友愛、夫婦の調和、友人との信義など、儒教の影響を受けた徳目が並びます。起草に関わった元田永孚も儒学者でした。
それでも、教育勅語を単なる儒教道徳と呼ぶだけでは、近代国家の文書として作られた目的、井上毅の起草方針、天皇と国家への奉仕を説明できません。
家族と社会の徳目には儒教の影響がある
儒教は、人間を孤立した個人ではなく、親子、兄弟、夫婦、友人、君臣といった関係のなかで捉えます。それぞれが役割に応じた徳を守ることで、家族と社会の秩序が成り立つと考えました。
教育勅語も、身近な人間関係から徳目を説き始めます。この順序には、家庭で身につけた徳を社会と国家へ広げる儒教的な発想が見られます。
ひこまるそれなら、教育勅語は『論語』の教えをまとめたものなの?



徳目は重なるが、そのままではないのじゃ。明治国家の仕組みと天皇観の中へ組み直されているのじゃよ。
両者を並べると違いがはっきりします。儒教の基本的な人間関係論である「五倫」(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)のうち、最も重視される「君臣に義あり」に相当する項目が、教育勅語には見当たりません。
| 儒教「五倫」 | 教育勅語の対応箇所 |
|---|---|
| 君臣に義あり | (該当する項目がない) |
| 父子に親あり | 父母ニ孝ニ |
| 夫婦に別あり | 夫婦相和シ |
| 長幼に序あり | 兄弟ニ友ニ |
| 朋友に信あり | 朋友相信シ |
元田永孚は仁義忠孝を教育の根本に置いた
元田永孚は、明治初期の教育が西洋の知識と技術に偏ることを心配し、仁義忠孝を根本に置く徳育を求めました。1879年の教学聖旨にも、この考えが強く表れています。
教育勅語の起草でも、元田は天皇の徳と臣民の忠孝を結びつける文章を求めました。このため、教育勅語の思想的背景を理解するうえで儒教は欠かせません。
井上毅は特定の学説への偏りを避けた
一方、井上毅は、国の教育方針を一つの学派や宗教の教義に基づかせることを警戒しました。儒教だけを正しい教えとして掲げれば、異なる宗教や思想を持つ人々に受け入れられにくくなります。
そこで最終文面では、孔子や儒教経典の名を出さず、家族愛、信頼、博愛、学問、仕事、公益、遵法など、広く理解できる言葉が選ばれました。
西洋的な近代国家の要素も含まれている
「学ヲ修メ業ヲ習ヒ」「智能ヲ啓発シ」「公益ヲ広メ世務ヲ開キ」「国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ」という言葉は、身分秩序を守るだけではなく、学び、働き、公共へ貢献し、憲法と法律を尊重する近代国民の姿を示しています。
これは江戸時代の儒教道徳をそのまま復活させたものではありません。西洋から取り入れた立憲国家と国民教育の仕組みに、伝統的な徳目を接続したものです。
天皇を中心とする国体観へ結びつけられた
教育勅語の冒頭は、皇祖皇宗が国を始め、臣民が忠孝を尽くしてきたことを「国体の精華」とします。最後には、非常時に公へ尽くし、「天壌無窮ノ皇運」を支えるよう求めます。
この構造は、儒教一般の説明だけでは足りません。儒教的な徳目が、皇室と臣民の関係を中心とする明治国家独自の物語へ組み込まれています。



儒教的だけれど、儒教そのものではないということ?



そうじゃ。儒教の徳目、近代国家の国民像、日本の国体観が重なった文書と見ると分かりやすいのじゃ。
「普遍的道徳」と「日本固有の国家観」が同居する
親を大切にすることや友人を信じること、学問と仕事に励むことは、文化を越えて理解されやすい徳目です。教育勅語自身も「中外ニ施シテ悖ラス」と述べ、国内外に通用する道だと位置づけます。
しかし、その徳目は皇祖皇宗と臣民の歴史を根拠にし、皇運を支えることへ結ばれます。普遍性を目指す部分と、日本固有の国家観を強調する部分が同居していることが、教育勅語をめぐる評価の難しさです。



ここまでの話で、出来事の背景と後の影響を分けて見ることが大切だと分かったよ。



歴史は一つの言葉だけで決めつけず、いつ、誰が、どのように考え使ったのかを確かめるのじゃ。
教育勅語と儒教の関係をどう捉えるか
教育勅語には儒教的な徳目が数多く含まれ、元田永孚の思想も影響しています。一方、井上毅は特定の学説への偏りを避け、立憲国家の国民に必要な学問・仕事・公益・遵法を加えました。
教育勅語の本文と歴史は教育勅語とは?学校が天皇と国民を結びつけた仕組みで解説しています。
参考資料・参考図書
- 伊藤哲夫『教育勅語の真実』致知出版社、2011年、pp.50–155
- 文部科学省『学制百年史』「明治憲法と教育勅語」
- 文部科学省「教育ニ關スル勅語」
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像 元田永孚」




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