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鎌倉時代とは?|武士政権が成立し、日本の社会が大きく変わった時代

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09|THE COLLAPSE

なぜ鎌倉幕府は滅びた?

元寇後の恩賞問題、御家人の困窮、政治への不満、倒幕運動がどう重なったのかを整理します。

元寇後の海辺で防備を続け、疲労と困窮を抱える御家人たちを描いたイラスト
1274・1281年|二度の元寇防衛の負担は続いたのに、恩賞として分け与える新しい土地がない。

外国からの侵攻を防いだ戦いでは新しい領地を得にくく、幕府は十分な恩賞を用意できませんでした。これが土地を基盤とする御恩と奉公を揺らします。

幕府を支える仕組みの問題元寇後、十分な恩賞を与えにくい御家人の借金や所領の細分化が進み、生活が苦しくなる。
政治の問題北条得宗家と御内人へ権力が集中有力御家人が政治から遠ざけられ、不満が広がる。
二つの問題が積み重なる↓
幕府を支える側御家人・有力武士の心が幕府から離れる
+
幕府を倒す側後醍醐天皇が倒幕運動を進める
↓
決定的な転換足利尊氏が京都の六波羅探題を攻め、新田義貞が鎌倉を攻める
↓
幕府の軍事的な基盤が崩れる1333年 鎌倉幕府滅亡

鎌倉の政権は終わりますが、武士が政治を担う流れは次の政権へ続きます。

ひこまる

えっ……でも元寇げんこうに勝ったんだよね?勝ったのに、なんで幕府が苦しくなるの?

やたまる

そこが鎌倉幕府の悲劇じゃな。御家人たちは命がけで戦ったんじゃが、外国相手の防衛戦では、勝っても新しい土地が得られないんじゃ。御恩と奉公の仕組みは「土地」で成り立っていたから、恩賞が出せなければ御家人の信頼は崩れていく——勝利がかえって幕府の矛盾を浮き彫りにした、ということじゃよ。

10|CONCLUSION

結局、鎌倉時代ってどんな時代?

鎌倉時代最大の変化は、鎌倉に幕府が置かれたことだけではありません。朝廷や貴族だけでなく、土地を基盤とする武士たちが政治を担う仕組みが成立したことです。

平安時代貴族中心の政治
→
鎌倉時代武士による政治の成立
→
室町時代武士政権のさらなる展開

※鎌倉幕府の成立年には複数の見方があります。このページでは、守護・地頭の設置によって全国的な武士政権の仕組みが整った1185年ごろを、時代の流れを理解する目安として示しています。

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