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戦国時代まとめ
地域大名の競争と、織田信長の台頭
各地の大名は合戦だけでなく、同盟、婚姻、法、治水、流通を用いて領国を守りました。その地域間競争の中から、京都の政治へ進出した織田信長が現れます。
1553〜1573年|第2章戦国大名は戦うだけの存在ではない
家臣団
有力家臣と国人を組織し、軍役と領地を結びつけました。
法と裁判
分国法などを通じて争いの処理と領国の秩序を整えました。
生産と流通
治水・鉱山・港・市場を支配し、戦争を支える財源を確保しました。
外交
婚姻や人質、講和を使い、複数の隣国との関係を調整しました。
信長が置かれた条件
尾張を統一家中と地域勢力をまとめる
→桶狭間今川氏の圧力を退ける
→足利義昭を奉じる将軍の権威も利用して上洛
→反対勢力と戦う畿内支配を広げる
信長の台頭を鉄砲や個人の革新性だけで説明せず、尾張の統一、同盟、京都との距離、将軍との関係を合わせて見ます。
1553〜1573年の流れ
代表的な出来事を、前後の変化がつながるように並べています。
1553〜64
1554
甲相駿三国同盟
武田・後北条・今川の三氏が婚姻関係を結び、相互の対立を抑えました。
1555
1560
1565
永禄の変
将軍足利義輝が三好氏の重臣らに攻められ、殺害されました。
1568
1570
姉川の戦い
織田・徳川勢が浅井・朝倉勢と戦いました。
1570〜80
1570〜73
1571
1573
この時期に起きた変化
信長は戦国大名同士の競争から抜け出し、足利義昭を将軍に就けることで中央政治へ進みました。しかし将軍、寺社、大名を一度に従わせたわけではなく、同盟と戦争を重ねながら主導権を広げました。

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