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戦国時代まとめ
天下統一から徳川政権へ
秀吉は全国の大名を服属させ、検地や刀狩などで支配の基盤を整えました。一方、朝鮮出兵と後継問題は大きな負担を残し、秀吉の死後には徳川家康を中心とする政権へ移ります。
1590〜1615年|第4章全国統一を支えた三つの仕組み
大名の服属と配置
戦争を私的に続けることを禁じ、領地を与え直しました。
土地と軍役の把握
検地によって石高と耕作者を整理し、年貢・軍役の基礎を作りました。
身分秩序の再編
刀狩などを通じて武士と農民の区分を進めました。
戦国の終わりをどこに置くか
| 年 | 区切りとなる出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 1590年 | 小田原征伐・奥州仕置 | 主要大名が秀吉政権の命令に従う |
| 1600年 | 関ヶ原の戦い | 家康が全国政治の主導権を握る |
| 1603年 | 江戸幕府の成立 | 徳川氏を中心とする幕府が始まる |
| 1615年 | 大坂の陣 | 豊臣氏が滅び、大規模な対抗勢力が消える |
戦いだけでは見えない変化
城と都市
山城から平地の大城郭へ移り、商工業者を集める城下町が成長しました。
貿易と宗教
南蛮貿易とキリスト教が広がり、統治上の警戒も強まりました。
文化
茶の湯、桃山文化、寺院や城郭の造営が権力表現と結びつきました。
人の移動
大名配置の変更と戦争が、武士・商人・農民の暮らしを大きく動かしました。
1590〜1615年の流れ
代表的な出来事を、前後の変化がつながるように並べています。
1585
四国平定
秀吉が長宗我部元親を服属させ、四国の領地を再編しました。
1587
九州平定
秀吉が島津氏を服属させ、九州の大名配置を改めました。
1587
バテレン追放令
秀吉が宣教師の国外退去を命じましたが、南蛮貿易は続きました。
1588
1590
1590〜91
奥州仕置と九戸政実の乱
秀吉政権が奥羽の大名配置を定め、抵抗を鎮圧しました。
1592〜98
1598
1600
1603
1614〜15
この時期に起きた変化
戦国時代の統一は、最後の敵を倒すだけでは完成しません。土地、身分、大名配置、外交を全国政権の規則へ組み替える必要がありました。徳川政権は豊臣政権の仕組みも受け継ぎながら、戦争を起こしにくい制度を整えます。

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