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JAPAREKI ERA GUIDE|江戸時代・全4ページ
戦わない時代は
こうして始まった
第2章文治政治と都市・元禄文化の成熟1657〜1716年
幕府の制度が固まると、都市、全国流通、貨幣経済、出版と娯楽が成長しました。しかし文化の成熟と同時に、米を収入の基礎とする武士の財政には新しい難しさが生まれます。
戦が減った社会で、都市・商業・文化はどのように成長し、新しい価値観を生んだのでしょうか。
武断政治から文治政治へ
厳しい大名処分改易と浪人の増加
→法と儀礼を重視安定的な統治へ
→学問と秩序政治・教育と結びつく
武力が消えたのではなく、武力を背景に法・儀礼・役職・学問で治める比重が高まりました。
都市・流通・文化がつながる
江戸政治と巨大消費都市
参勤交代と武士人口が大きな需要を生みました。
大坂物流と市場
各地の物資と年貢米が集まりました。
京都伝統と工芸
文化の蓄積と職人の技術が消費文化へつながりました。
長崎など対外交流
限られた窓口から品物と知識が伝わりました。
平和と人口集中
→物流・市場
→貨幣と消費
→出版・娯楽

江戸文化を担った人々
商人と職人
商品をつくり、運び、売る人々が都市生活を支えました。
版元と作者
本を商品として広め、共通の話題を生みました。
芝居と芸能
歌舞伎や浄瑠璃が都市の娯楽になりました。
旅する人々
街道と宿場が情報と文化を運びました。
1657〜1716年|代表年表
出来事だけでなく、前の出来事が次の変化をどう生んだかに注目して読み進めます。
濃色カードは政治や社会の方向が変わった「時代の転換点」です。黄土色の列は将軍の就任と在職期間です。
将軍名は時代をたどるための目印です。実際の政治は、大老・老中・側用人や諸藩など、多くの担い手によって動きました。
1657時点
4代徳川家綱1651–80前ページから続く
将軍交代文治政治への転換
1657
1663
武士の役割
殉死の禁止——忠義の示し方が変わる
命を絶つ忠義より、家と職務を継続して統治へ奉仕することが求められました。
1669
北方社会
シャクシャインの戦い——交易への抵抗
アイヌの人々と松前藩側との不平等な交易関係などを背景に戦いが起きました。
1680
5代徳川綱吉1680–1709
将軍交代文治政治と儒学の重視
1685
暦と実用
貞享暦——観測と計算を政治に生かす
渋川春海らの暦学は、天体観測と計算を暦へ結びつけました。
1687〜
1688–1704
1695
1701–03
事件と物語
赤穂事件——法、忠義、物語が交差する
事件と後世の「忠臣蔵」は分けて考える必要があります。
1709
6代徳川家宣1709–12
将軍交代政治の立て直しを図る
1709–16
政治改革
正徳の治——貨幣と貿易を立て直す
新井白石らは貨幣の品位改善や長崎貿易の制限に取り組みました。
1713
7代徳川家継1713–16
将軍交代新井白石らの政治
1716
8代徳川吉宗1716–45次ページへ続く
政治の安定は都市、流通、貨幣、出版、娯楽を結びつけ、町人を文化の担い手にしました。一方、米を収入の基礎とする武士の財政は、貨幣経済とのずれを抱えました。

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