MENU
記事を探す

戦わない時代はこうして始まった|江戸時代260年の流れと意味

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

JAPAREKI ERA GUIDE|江戸時代・全4ページ

戦わない時代は
こうして始まった

第3章改革の時代と社会・学問の成熟1716〜1832年
この時期を読み解く視点

享保・田沼・寛政の政治を、米中心の幕府財政と成長する市場経済のずれへの異なる回答として見ます。同時に、出版・旅・蘭学・国学・教育が社会を見る人々の視野を広げました。

このページで考えること

なぜ幕府は政治を何度も立て直そうとし、それでも社会の変化を止められなかったのでしょうか。

このページの内容
  1. 米中心の財政と貨幣経済のずれ
  2. 改革は何を変えようとしたのか
  3. 学問・教育・文化が社会を動かす
  4. 1716〜1832年の代表年表
  5. 第3章のまとめ

米中心の財政と貨幣経済のずれ

幕府と武士の収入年貢米が基礎

米価が下がると使えるお金が減ります。

ずれ
成長する社会貨幣と商業が拡大

都市生活に必要な現金支出は増えます。

支出が増える
→
財政が苦しくなる
→
改革を繰り返す

改革は何を変えようとしたのか

政治中心人物考え方限界
享保徳川吉宗米と年貢を軸に整える農村負担も増えた
田沼政治田沼意次商業と貿易から収入災害と批判の中で失脚
寛政松平定信倹約と農村復興厳しい統制への反発
天保水野忠邦強い統制で立て直す実態と合わず挫折

天保の改革は第4ページで、飢饉・海防・幕末へ続く流れの中で扱います。

学問・教育・文化が社会を動かす

1716〜1832年|代表年表

出来事だけでなく、前の出来事が次の変化をどう生んだかに注目して読み進めます。

濃色カードは政治や社会の方向が変わった「時代の転換点」です。黄土色の列は将軍の就任と在職期間です。

将軍名は時代をたどるための目印です。実際の政治は、大老・老中・側用人や諸藩など、多くの担い手によって動きました。

1716–45
8代徳川吉宗1716–45前ページから続く
政治改革時代の転換点

享保の改革——米を基礎に立て直す

上米の制、新田開発、目安箱、公事方御定書などを進めました。

享保の改革を詳しく読む →
1721
政治参加

目安箱——人々の意見を政策へつなぐ

庶民から意見を集め、町火消や小石川養生所につながった提案もありました。

享保の改革を詳しく読む →
1742
法制度

公事方御定書——裁判の基準を整える

幕府の裁判や刑罰の基準をまとめ、法による統治を整えました。

享保の改革を詳しく読む →
1745
9代徳川家重1745–60
将軍交代幕政を引き継ぐ
1760
10代徳川家治1760–86
将軍交代田沼意次の政治
1774
蘭学

『解体新書』——西洋知識を日本語へ移す

蘭学者はオランダ語の医学書を翻訳し、西洋知識を共有しました。

蘭学を詳しく読む →
1782–88
社会危機

天明の飢饉——政治を揺らす

冷害や凶作が重なり、打ちこわしも広がりました。

1800–21
測量と知識

伊能忠敬の測量と伊能図

測量成果から日本沿海輿地全図が完成し、国土把握や海防にも結びつきました。

1825
対外政策時代の転換点

異国船打払令——外国船への警戒

接近する外国船を追い払う方針を示しましたが、強硬策だけでは対応できなくなります。

第3章のまとめ

改革は米中心の財政と貨幣経済のずれへの回答でした。しかし商業・都市・学問・人々の移動は統制だけでは戻せず、外国船への対応は財政を超えた政治問題になります。

関連する江戸時代の記事

1 2 3 4
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次