江戸時代の出来事一覧|戦を終わらせ、秩序で国を治めた時代
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このページで探せる出来事外国船への対応は、なぜ幕府だけの外交問題ではなく、政権そのものをめぐる争いへ変わったのでしょうか。
1833〜1869年|社会不安・開国から政権交代へ
1833〜1869年
社会不安・開国から政権交代へ天保の飢饉と改革、黒船来航、幕末政局、大政奉還、新政府成立、戊辰戦争までを確認します。
1833–39
飢饉・社会
天保の飢饉
凶作と米価高騰により困窮が広がり、農村と都市の双方で幕府・諸藩の対応力が問われました。
1837
反乱・救民
大塩平八郎の乱
大坂町奉行所の元役人が、飢饉への対応を批判して蜂起しました。短期間で鎮圧されましたが、幕府に衝撃を与えます。
1837
海防
モリソン号事件
日本人漂流民を送り届けようとしたアメリカ商船を、幕府の打払令に基づいて砲撃しました。
1839
言論・海防
蛮社の獄
渡辺崋山・高野長英らが外国船への強硬策を批判し、幕府によって処罰されました。
1841–43
政治改革時代の転換点
天保の改革
水野忠邦が株仲間解散、人返し令、上知令などを進めましたが、強い反発を受けて短期間で挫折しました。
1842
対外政策
薪水給与令
アヘン戦争で清が敗れた情報を受け、外国船を打ち払う方針を改め、薪や水を与えて退去させることにしました。
1853–54
開国時代の転換点
黒船来航
ペリー艦隊が来航し、幕府へ開国を要求しました。幕府は諸大名や朝廷にも意見を求め、外交判断の構造が変わります。
1854
外交・条約
日米和親条約
下田・箱館を開き、アメリカ船へ薪水や食料を供給することなどを定めました。幕府の対外政策は大きく転換します。
1858
外交・条約時代の転換点
日米修好通商条約
勅許を得ないまま条約を調印し、開港と通商を進めました。不平等な内容と調印手続きが政治対立を深めます。
1858–59
政治弾圧
安政の大獄
井伊直弼が条約調印や将軍継嗣に反対する大名・公家・志士らを処罰し、政治対立を深めました。
1860
政治危機
桜田門外の変
大老井伊直弼が江戸城桜田門外で暗殺され、幕府最高幹部を守れない政治的・軍事的な弱さが表面化しました。
1863–64
京都政局
八月十八日の政変・池田屋事件・禁門の変
朝廷をめぐる諸藩の対立が激しくなり、京都が全国政治の中心になりました。
1866
勢力逆転時代の転換点
薩長同盟と第二次長州征討
薩摩藩と長州藩が協力し、長州征討に失敗した幕府は諸藩を従わせる力を失っていきました。
1867.10
政権返上時代の転換点
大政奉還
徳川慶喜が政権を朝廷へ返すと申し出ました。ただし、徳川家の政治的影響力と幕府組織は直ちには消えていません。
1867.12
新政府成立時代の転換点
王政復古の大号令
幕府と摂政・関白の廃止、新政府の成立が宣言されました。徳川家の扱いをめぐる対立は軍事衝突へ進みます。
1868–69
内戦・政権移行時代の転換点
戊辰戦争
新政府軍と旧幕府側が戦った内戦です。箱館戦争の終結によって、新政府が全国支配を固める軍事的な基盤が整いました。
この期間の流れ飢饉と改革の失敗で幕府への不信が強まるなか、開国と条約問題が朝廷・諸藩を巻き込む政治対立へ発展しました。大政奉還、王政復古、戊辰戦争はそれぞれ異なる段階であり、政権返上だけで江戸時代が一度に終わったわけではありません。
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