教育勅語は、父母への孝行、兄弟姉妹の友愛、夫婦の調和、友人との信頼、学問と仕事、公益への貢献などを説き、最後に法令の尊重と非常時の国家への奉仕を求めています。日常の徳目と天皇・国家への責任が一つの文章に置かれている点が重要です。
教育勅語を歴史から考える|全10回シリーズ
この記事でわかること
- 教育勅語の全体構造
- 一般に「十二の徳目」と呼ばれる内容
- 「国体の精華」と「中外ニ施シテ悖ラス」の意味
- 現代的な徳目だけを切り取れない理由
教育勅語は三つの部分からできている
教育勅語の本文は315字ほどの短い文章です。内容は、大きく三つに分けて理解できます。
- 皇祖皇宗と臣民の歩みを語る導入
- 国民が守るべき具体的な徳目
- その教えを祖先から受け継ぐ普遍的な道として位置づける結び
親孝行などの徳目だけではなく、それらを天皇を中心とする国家の歴史へ結びつけていることが、教育勅語の特徴です。
一般に「十二の徳目」と呼ばれる教え
| 徳目 | 本文の言葉 | 意味 |
|---|---|---|
| 孝行 | 父母ニ孝ニ | 父母を大切にする |
| 友愛 | 兄弟ニ友ニ | 兄弟姉妹が助け合う |
| 夫婦の和 | 夫婦相和シ | 夫婦が互いに協力する |
| 朋友の信 | 朋友相信シ | 友人同士が信頼し合う |
| 謙遜 | 恭倹己レヲ持シ | 慎み深く自分を律する |
| 博愛 | 博愛衆ニ及ホシ | 広く人々を思いやる |
| 修学習業 | 学ヲ修メ業ヲ習ヒ | 学問と仕事に励む |
| 智能啓発 | 智能ヲ啓発シ | 知識と能力を伸ばす |
| 徳器成就 | 徳器ヲ成就シ | 人格を磨く |
| 公益世務 | 公益ヲ広メ世務ヲ開キ | 社会のために働く |
| 遵法 | 国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ | 憲法と法律を尊重する |
| 義勇奉公 | 義勇公ニ奉シ | 非常時に公のために尽くす |
「十二」という分け方は後世の解説で整理されたものです。本文自体が番号を振って十二項目を列挙しているわけではなく、分け方によって数が変わる場合があります。
儒教の「五倫」とは並びが違う
教育勅語の徳目は、儒教の基本的な人間関係論である「五倫」(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の関係にそれぞれ徳を説く考え方)と似ているとよく言われます。ただし、両者を並べると、無視できない違いがあります。
| 儒教「五倫」 | 教育勅語の対応箇所 |
|---|---|
| 君臣に義あり | (該当する項目がない) |
| 父子に親あり | 父母ニ孝ニ |
| 夫婦に別あり | 夫婦相和シ |
| 長幼に序あり | 兄弟ニ友ニ |
| 朋友に信あり | 朋友相信シ |
儒教で最も重視される「君臣に義あり」に相当する項目が、教育勅語には見当たりません。かわりに文章の冒頭と末尾には、天皇の徳による統治と、それに国民が心を一つにして応えるという構成が置かれています。この違いをどう評価するかは論者によって分かれますが、「教育勅語は儒教の単純な焼き直しではない」という見方の根拠の一つとして押さえておきたい点です。
ひこまる親孝行や友達を信じることなら、今にも通じるよね?



個々の言葉は理解しやすいのじゃ。ただし、文書全体の中で何につながるかまで読むことが大切なのじゃよ。
家族から社会へ徳目が広がっていく
徳目の並びには流れがあります。最初は父母、兄弟姉妹、夫婦、友人という身近な人間関係です。そこから、自分を律すること、広く人を愛すること、学問と仕事、社会への貢献へ広がります。
教育勅語は、家庭内の道徳と公共的な責任を別々のものとは考えませんでした。身近な関係で培った徳を、社会と国家を支える行動につなげる構成です。
「一旦緩急アレハ」は何を求めたのか
「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」は、国家に重大な事態が起きたとき、勇気をもって公のために尽くすことを求める部分です。続く「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」は、永遠に続く皇室の運命を助け支えるよう求めます。
この部分は、単なる災害時の助け合いだけを意味するものではありません。天皇を中心とする国家への奉仕が明記されており、戦時期には国家への自己犠牲と結びつけて教えられました。
「国体の精華」とは何か
冒頭の「国体の精華」は、皇祖皇宗が国を始めて徳を築き、臣民が忠と孝を尽くして心を一つにしてきたことを、日本の国家の優れた本質として示す言葉です。
つまり、教育勅語の徳目は、すべての人に等しく開かれた個人倫理としてだけではなく、天皇と臣民の歴史的関係を土台に置いています。現代の国民主権とは異なる国家観です。
「中外ニ施シテ悖ラス」とは何か
結びの「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」は、この道を国内外に行っても道理に背かない、という趣旨です。起草者は、教育勅語の教えを日本だけに通用する狭い慣習ではなく、広く通用する道徳として示そうとしました。
一方で、文章全体は日本の皇室と臣民の関係を出発点にしています。「普遍的な徳目」と「日本固有の国家観」がどのように結びついているかが、評価の分かれる点です。



徳目だけを抜き出せば、教育勅語の意味が分かるわけじゃないんだね。



そうじゃ。言葉の前後と、どんな国家観の中に置かれているかを一緒に読むのじゃよ。
現代語訳では価値判断を混ぜない
教育勅語を現代語で説明するとき、「義勇公ニ奉シ」を単に「社会のために働く」と柔らかく訳したり、反対に「戦争で死ぬことを命じた」とだけ訳したりすると、原文の幅と歴史的文脈が失われます。
まず原文が何を述べているかを確認し、その後、学校でどう解釈・運用されたかを別に説明することが大切です。



ここまでの話で、出来事の背景と後の影響を分けて見ることが大切だと分かったよ。



歴史は一つの言葉だけで決めつけず、いつ、誰が、どのように考え使ったのかを確かめるのじゃ。
十二の徳目をどう読めばよいのか
教育勅語には、家族や友人を大切にし、学問や仕事に励み、社会へ貢献する教えが並びます。同時に、それらは天皇を中心とする国家を支える臣民の道としてまとめられています。
教育勅語の成立と学校での扱いは、教育勅語とは?学校が天皇と国民を結びつけた仕組みで解説しています。
参考資料・参考図書
- 伊藤哲夫『教育勅語の真実』致知出版社、2011年、pp.129–155、167–174
- 文部科学省「教育ニ關スル勅語(明治二十三年十月三十日)」
- 文部科学省『学制百年史』「明治憲法と教育勅語」



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