MENU
記事を探す

明治時代とは?日本が近代国家へ生まれ変わった45年

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

明治時代とは|第2章

政治参加と憲法を求める

武力による士族反乱が終わる一方、国民の声を政治へ届けようとする自由民権運動が広がりました。政府は憲法と議会の準備を進めます。

このページで考えること

政府への不満は、なぜ武力による反乱から、言論と政治参加を求める運動へ移っていったのでしょうか。

このページの内容

  1. 武力による抵抗から議会政治まで
  2. 自由民権運動の広がり
  3. 松方デフレと秩父事件
  4. 内閣・憲法・帝国議会
  5. 憲法が認めた権利と政治参加の限界

武力による抵抗から議会政治まで

自由民権運動は西南戦争後に突然始まったのではありません。すでに1874年には国会開設を求める建白書が提出されていました。その後、武力による士族反乱が敗れる一方、言論・集会・政党を通じた要求が広がります。

この年表を包む大きな流れ

自由民権運動と立憲国家づくり

自由民権運動は一つの事件ではなく、国会・憲法・国民の政治参加を求めた広い運動です。それに対し、政府も自らの構想で内閣・憲法・議会を整え、立憲国家をつくろうとしました。

武力反乱の終息言論・結社政党の結成憲法制定帝国議会
自由民権運動を詳しく読む
政府への不満と
士族の困窮
建白書・演説・
結社による運動
国会開設を
求める世論
政党の結成と
憲法制定
1890年
帝国議会開会
政府

国会の必要性は認めながら、急激な政治参加が政府を不安定にすることを警戒しました。

民権派

国民の代表が政治に参加し、憲法によって権利を保障することを求めました。

農民

政治理念だけでなく、地租・借金・不況など暮らしに直結する問題を抱えていました。

政府内の制度設計者

欧州の制度を調べ、天皇を中心としながら議会を持つ国家の仕組みを整えました。

1874〜1890年|政治参加と憲法を求める

政府への不満は、武力だけでなく、言論・政党・集会による運動へ変わりました。国会を求める声に向き合いながら、政府も立憲国家の制度を設計します。

1874–81
政治参加

自由民権運動——国会と憲法を求める

板垣退助らが民撰議院設立建白書を提出し、政治参加を求める運動が各地へ広がりました。士族だけでなく、豪農や町の人々も運動を担います。

自由民権運動を詳しく読む
1881
国会開設時代の転換点

国会開設の勅諭——10年後の国会を約束する

政府は1890年に国会を開設すると表明しました。自由党や立憲改進党が結成され、政治参加の要求は制度づくりへつながっていきます。

国会開設の勅諭を詳しく読む
1881–85
経済と農村

松方デフレ——財政再建が農村を追い詰める

紙幣整理と緊縮財政によって物価が下がり、農産物価格も下落しました。現金で地租を納める農民は苦しくなり、土地を失う人も増えます。

松方デフレを詳しく読む
1884
農民蜂起

秩父事件——借金に苦しむ農民が蜂起する

埼玉県秩父地方で、借金返済の延期や利子の軽減を求める農民が武装蜂起しました。自由民権運動と農村の生活問題が重なった出来事です。

秩父事件を詳しく読む
1885
政府制度

内閣制度——初代内閣総理大臣に伊藤博文が就任する

太政官制に代わって内閣制度が始まり、各大臣が行政を分担する仕組みが整えられました。伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任します。

内閣制度を詳しく読む
1889
憲法制定時代の転換点

大日本帝国憲法——天皇・政府・議会の関係を定める

天皇を統治権の中心としながら、帝国議会が法律と予算を審議する国家の仕組みが定められました。国民の権利も記されましたが、法律による制限がありました。

大日本帝国憲法を詳しく読む
1890
議会政治時代の転換点

第1回帝国議会——政府と議会が交渉する政治へ

衆議院と貴族院からなる帝国議会が開かれました。選挙権は一部の男性に限られていましたが、予算と法律を議会で審議する政治が始まります。

帝国議会を詳しく読む

憲法が認めた権利と政治参加の限界

大日本帝国憲法によって、国民は法律上の権利を持ち、議会で予算や法律を審議する仕組みが始まりました。ただし、現在と同じ民主政治ではありませんでした。

始まったこと当時の限界
言論・集会などの権利が憲法に記された権利は「法律の範囲内」とされ、法律による制限を受けた
衆議院議員を選ぶ選挙が始まった選挙権は高額納税者である25歳以上の男性に限られた
帝国議会が法律と予算を審議した内閣は議会ではなく天皇に対して責任を負う仕組みだった
第2章のまとめ|武力による反乱から、憲法と議会の時代へ武力による士族反乱は終わりましたが、政治参加を求める声は消えませんでした。民権派が国会と憲法を求める一方、政府も自らの構想で内閣・憲法・議会を整えます。政治は武器で争う段階から、法律・予算・選挙を通して交渉する段階へ進みました。
1 2 3 4
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次