明治時代とは|第3章
議会政治と対外戦争
憲法と議会を持つ近代国家になった日本は、不平等条約の改正と東アジアでの立場をめぐり、外交と戦争の時代へ進みます。
憲法と議会を持った日本は、なぜ国内の近代化を進めながら、対外戦争へ向かったのでしょうか。
このページの内容
国内政治と国際関係——二つの流れ
この時期は、国内で憲法政治が動き始める一方、国外では条約改正と朝鮮をめぐる競争が進みます。二つの流れは別々ではなく、「欧米から近代国家と認められたい」という目標で結びついていました。
近代国家の運用と列強への接近
憲法や議会をつくる段階から、制度を実際に動かす段階へ入りました。同時に日本は、不平等条約の改正と東アジアでの影響力拡大を進め、列強の一員として認められることを目指します。
- 帝国議会が始まる
- 政府と政党が予算をめぐって対立する
- 教育・司法・産業の制度が社会へ浸透する
- 不平等条約の改正を進める
- 朝鮮をめぐって清と対立する
- 日清戦争後、列強の一員として行動し始める
1890〜1900年|議会政治と対外戦争
制度上の近代化が進む一方、日本は「欧米と対等な国」と認められることを強く求めました。教育・司法・外交・産業・文化が変化し、その成果とひずみが同時に現れます。
教育勅語——学校と国家を結ぶ道徳の基準
忠孝などの徳目を示し、危急の際には国に尽くすことを求めました。学校教育を通して広まり、天皇と国民の関係を形づくる役割を担います。
教育勅語を詳しく読む言文一致体——読者に近い文章が生まれる
作家たちは、古い書き言葉だけでは表しにくい人間の感情や日常を、話し言葉に近い文章で描こうとしました。近代文学と読者の関係が変わります。
言文一致体を詳しく読む大津事件——政治的圧力と司法の判断
来日中のロシア皇太子が警察官に襲撃されました。政府が重い刑を求めるなか、裁判所は法律に基づく判断を示し、司法権の独立を考える象徴的事件となります。
大津事件を詳しく読む足尾鉱毒事件——産業発展の裏で公害が表面化する
銅の増産を支えた足尾銅山から鉱毒が流れ、渡良瀬川流域の農業や暮らしに深刻な被害を与えました。田中正造らが救済と操業停止を求めます。
足尾鉱毒事件を詳しく読む条約改正——領事裁判権の撤廃が決まる
陸奥宗光外相のもとで日英通商航海条約が結ばれ、領事裁判権の撤廃が決まりました。幕末以来の不平等条約改正が、大きく前進します。
条約改正を詳しく読む日清戦争——朝鮮をめぐって日本と清が戦う
朝鮮をめぐる日本と清の対立が戦争へ進みました。日本の勝利は東アジアの力関係と日本の国際的立場を変える一方、帝国化への道を開きます。
日清戦争を詳しく読む下関条約——清が朝鮮の独立を認め、台湾などを割譲する
清は朝鮮の独立を認め、日本へ台湾・澎湖諸島・遼東半島を割譲し、賠償金を支払うことになりました。日本は台湾を初の本格的な植民地として統治します。
下関条約を詳しく読む三国干渉——勝利後に欧州列強の力を思い知らされる
ロシア・ドイツ・フランスが、日本に遼東半島の返還を求めました。日本は要求を受け入れ、国内ではロシアへの警戒と軍備拡張の意識が強まります。
三国干渉を詳しく読む義和団事件——日本が連合軍の主力になる
清国で義和団の排外運動が拡大し、列国が軍事介入しました。地理的に近い日本は大兵力を派遣し、列強の一員として行動する姿を示します。
義和団事件を詳しく読む発展の成果と社会のひずみ
議会政治、学校教育、鉄道、工場、新聞、近代文学が広がり、人々の暮らしと情報の流れが変わりました。
選挙権の制限、工場の長時間労働、鉱毒などの公害、戦争による負担が社会問題となりました。
条約改正が実現へ進み、日清戦争後の日本は東アジアにおける立場を大きく変えました。
台湾の植民地化や朝鮮への影響力拡大など、他地域を支配する方向も強まりました。

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